
−−まず始めに、本書を執筆しようと思われたきっかけを教えてください。
マギーさん 僕が出演したNHKのテレビ番組『課外授業 ようこそ先輩』を見てくださって、同じ郷里(茨城県)出身の編集者の方から、本を出してみませんか?というお話をいただきまして、ありがたいお話だと思い、出させていただきました。
−−本書ではお母様との思い出がかなり語られていますが、知恵の輪が見つかったときや、めがねを割ってしまったときのエピソードなど、とても優しくて、子どものことをいつも考えている方だと思いました。やはり、お母様の存在は大きかったですか?
マギーさん 大きかったですね。子どもが自分なりに一生懸命やっている姿を見て、あーこれが今のこの子の限界だな、と思ったら、それ以上は責めないおふくろでした。
おふくろのそういう考え方が、今の僕を作ってくれたのだと思います。
−−お父様はとても無口な方だったそうですが、何か印象に残っているエピソードなどありましたら教えてください。
マギーさん 普段は無口なんだけど、僕が小学校の頃、学校に遅刻しそうになっているのに急がないでのんびりしていたら、おでこを指でパチン!と叩かれたことがありました。デコピンっていうのかな? そんなことがありましたね。
あと、子ども達が遊ぶ道具などをよく作ってくれました。太鼓のようなものとか。それがとてもうれしかったです。失敗作も多かったですけどね(笑)。
−−あと、家出して上京したとき、お兄様がいろいろ持たせてくれたことが書かれていますが、兄弟の仲はかなり良かったのでしょうか? 兄弟げんかとかはされましたか?
マギーさん 仲はよかったですね。兄弟げんかはしていたけれど、今になって思うと、僕のことを上手に受け止めていてくれていたと思います。大人でしたよね。
兄弟が多かったせいか、年が下のほう(九人兄弟の七番目)の僕なんかはうまくあしらわれていたと思います。
−−上京することをお母様に黙っていたのは、やはり心配をかけたくなかったからでしょうか?
マギーさん おふくろに言ったら止められる、と思ったから言わなかったんです。心配かけたくないとか、そんなことは考えていなかった。若かったから、自分勝手だったんですよ。
−−それで上京してマジックの学校に通っていたとき、先生が生徒の失敗を笑わなかったことが書かれています。マギー司郎さんにとって、その先生との出会いも大きかったのではないでしょうか。
マギーさん 大きかったですね。相手を下に見たり、軽蔑したりするのは誰でもできるけど、そうしない先生は素晴らしかった。本当の一流だなあ、と思いました。どんな生徒とも分け隔てなく付き合っていたし、どんな人ともフィフティー・フィフティーに接していた方だったと思います。
−−お弟子さんたちとの関係が、師弟というよりも家族に近い感じがするのは、「どんな人ともフィフティー・フィフティーに接する」というマギー司郎さんの考えが表れているからなんですね。ところで、お弟子さんたちはそれぞれ違った環境で育ってきたのだと思うのですが、そんな彼らをうまくまとめる秘訣はどこにあるのでしょうか。
マギーさん それぞれみんな、成長しようとしているはずですよね。だから、できれば放っておいてあげることかな。水のあげすぎは良くないと思っています。僕のほうが年が上なだけで、二十歳過ぎれば、考え方とか行動は、みんなほとんど同じですもんね。
僕と出会ってくれた相手に、まずは感謝すること。そういう気持ちはいつも持っています。
−−第4章「師匠・マイラブ」でマギー審司さんが師匠について語っていますが、師匠から見たマギー審司さんはどんなお弟子さんなのでしょうか?
マギーさん 高校時代に生徒会長をやっていたくらいだから、やっぱりしっかりしていますよね。みんなの先頭に立つということは当然リスクもあるけれど、それを素直に受け止めることができる人だと思います。後輩の面倒もよくみてくれますね。
一緒に仕事をしていると、お互いに呼吸がわかるからすごく楽だし、楽しいんです。
−−本書を出版するきっかけとなった、NHKのテレビ番組『課外授業、ようこそ先輩』ですが、出演されて現代の学校や子ども達と接して感じたことはありますか?
マギーさん 子どもの気持ちは、今も昔も同じだということを感じましたね。今の大人は、子どもを分析しすぎるんじゃないでしょうか? 人間の心ってなかなか分析できるものじゃないのに、大人達は子どもの気持ちがわかったように錯覚しているように思います。
子どもって純粋ですよ。今も昔もそれは変わらないと思います。
−−本書には「一番にならなくていい、無理しなくても焦らなくても幸せになることは出来る」というメッセージが貫かれていますが、マギー司郎さんがそう思えるようになったのはいつ頃のことでしょうか。またそのきっかけなどありますでしょうか。
マギーさん そう思うようになったのは、三十代に入ってからでしょうか。でも自分自身、これでいいんだと納得できるようになったのは五十を過ぎてからかな。
芸能界に入って約四十年。たくさんの人達と出会って、言葉で教わったわけではないけれど、まわりの人達の生き方、生き様から学んだことがたくさんあります。
勝ちだけが勝利じゃないということも、たくさんの人が教えてくれました。
勝ちも負けも同じだと思いますね。勝ちだけが勝利だ、と教わった人はしんどいですよね。
−−そこに、がんばらない生き方のコツがあるんですね。あと、読者の中にはマギー司郎さんのような、プロのマジシャンになりたいと思っている方もいらっしゃると思うのですが、そういう方に向けて、アドバイスをお願いします。
マギーさん まず、見てくれるお客さんの気持ちになることですね。お客さんの中には、心が強い人もいるけど、弱い人もいる。その人達が幸せを感じないと、プロとしては生かしてもらえないんです。
お客さんに生かしてもらっている、という気持ちがいちばん大事だと思います。
−−最後に、読者およびファンの方々へコメントをお願いします。
マギーさん こんな僕を長い間見捨てないでいてくれて、生かしてくれてありがとうございます。これからもあんまり頑張らないで、芸に精進していこうと思います。
本を出すにあたって、子どもの頃のこと、修行時代のことなど、改めて振り返ってみて、僕の人生いろいろあったんだなあと思いました。
こういう機会をいただいて、本当に感謝しています。
なんか生きづらいなあとか、みんなは出来るのにどうして自分は出来ないんだろうとか、悩んでいる方がいたら、是非この本を読んでみてくださいね。
みなさんの心が、ほんのちょっと、楽になってくれればうれしいなと思います。
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マギー司郎さんのプロフィール
まぎー・しろう
1946年3月17日、茨城県下館市(現・筑西市)生まれ。16歳で上京。
マジックスクールで手品を学び、20歳でプロのマジシャンとして活動を開始する。
33歳のときに出演した『お笑いスター誕生!!』(日本テレビ系)で注目されて以来、ユーモアのセンスあふれる独特のおしゃべりマジックで幅広い層から人気を得ている。
また、マギー審司ほか、9人の弟子を持ち、彼らから慕われる師匠でもある。
主な受賞歴として、
1981年、82年「日本放送演芸大賞ホープ賞」連続受賞。
1997年「奇術協会松旭斎天洋賞」受賞。
2004年には、出演した『課外授業 ようこそ先輩』(NHK)が、第31回「日本賞 番組部門 教育ジャーナルの部 東京都知事賞」を受賞。
HP(オフィス樹木)
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